TOEIC対策の勉強は本質的な英語力を高めることができるか?

ブライチャーの経営を始めて日常的に日本の英語学習者のみなさんに接するようになり、毎日のように新しい発見があります。そんな中、なぜか勉強熱心なのになかなか喋れるようにならないタイプの学習者がいることがわかってきました。

今回は、このタイプの学習者にはどのような特徴があるのか、そしてどのような学習スタイルにシフトすれば実際に使える英語力を身につけることができるようになるのか考えてみることにしました。

英語が伸びないタイプには頑固者が多い?

まずは、熱心なのに伸び悩むこのタイプの学習者に共通する項目をあげてみましょう。

  • 非常に勉強熱心
  • TOEICの問題集や単語本などをやり込んでおり、文法知識も豊富
  • 英語学習方法に精通している
  • 文法書や単語本をたくさん持っている
  • 日本人には日本人に適した学習方法があると信じている
  • 「文法の勉強は日本語の参考書を使いながら進めるのが一番」と強く信じている
  • 大人になってから語学を学習する場合には、ネイティブがやるように自然に任せてはかえって遠回りだと信じてる
  • 英語ができるようになるには文法学習が欠かせないと信じている
  • 文法的には正しいのだが、しっくりとこない微妙な英文を書く
  • その「微妙さ」を指摘しても、素直に納得することはない
  • 細かい文法のルールにこだわり、文法の質問を事細かに続ける
  • 課題図書を出すと、知らない単語を一語一句すべて調べながら読み進める
  • 品詞分解しながら本を読んでいる
  • 前後の文脈から想像しながら読む、ということが苦手
  • プレゼンの際には、スクリプトを丸暗記して臨む
  • 常に正しい文法で話そうとする。そのためいつになってもスピーディに言葉が出てこない
  • 発音の授業も、目の前の先生のアドバイスよりも手持ちの発音の本に固執して、素直に聞かない
  • 「TOEIC900点くらい取れるまでは、会話練習なんかしても意味がない」と信じている

こんなふうに書くとなんだかややこしい頑固者のようですね。確かにそのような側面も否めません。しかし、本当に熱心に勉強するため、なんとか伸ばしてあげたいと、つい僕が入れ込んでしまうのもこのタイプの学習者なのです。いったい彼らはどうして英語が使えるようになっていかないのでしょうか?

英語学習が目的化している?

このタイプの生徒さんに毎日接しているうちに、彼らの勉強方法や英語学習に対するアプローチには何か根本的な問題があるのではないかと感じ始めました。

こんなことを言ってはなんですが、TOEICの問題集を何周した、単語本を何周した、TOEICで何点とれたか、などと言ったことが目的化してしまっており、「実際に英語を使う」という肝心な部分がすっぽりと抜け落ちているようなのです。英語学習そのものが目的化していると言ってもいいかもしれません。

英語学習の「あるべき姿」に対する思い込み

また学習方法や上達過程について思い込みが激しいのもこのタイプの特徴です。例えば「文法学習は絶対に欠かせない」「英文は品詞分解をしながら精読しなければならない」などが、彼らの思い込みの代表的なものとして挙げられます。

これって本当なのでしょうか? 僕自身が文法を初めて勉強したのは「英語ペラペラ」といっていいレベルに達してからさらに数年経った後のことだったので、全く同意できません。英語に不自由しない帰国子女の皆さんも、ネイティブのみなさんたちも文法解説などできませんが、全く支障なく喋っています。僕自身も彼らも品詞分解など一切しませんし、そもそも品詞がなんなのかさえよくわかっていませんが、全く支障がありません。要するに思い込みにすぎないのです。

しかし、こうした矛盾点を指摘しても「ネイティブは結構文法を間違っている」などと言い出したりして、なかなか素直に聞いてもらえません。まるで泳げない人が泳げる人のフォームを批判しているような滑稽さがあるのですが、そのことにはどうも気がつかないようなのです。

TOEICの勉強をすることで英語を喋れるようになるわけではない

さて、彼らのような問題集の反復や品詞分解をしながらの精読といった勉強方法を続けると、いつの日か滑らかに英語が喋れるようになるのでしょうか?

ズバリ答えましょう。

なりません。

それどころか、実際の会話がむしろ下手になってしまう印象さえ受けています。日本語の学習教材を使い続け、常に日本語とリンクさせて英語学習にいそしんできた人は、反応速度が遅いまま固定されてしまうようなのです。

実際のシーンで話しかけられて「あ〜う〜」と頭の中で正しい文法とやらを考え続けていたら、その間に飽きられたり、喋れない人だと判断されて “Forget it”と会話を打ち切られてしまうのが現実なのです。

言葉というのは、キャッチボールやテニスのラリーのようにポンポンと続けるものです。

相手を30秒も1分も待たせてから正しく喋れても意味がないのです。とりあえず反応速度がないと、そもそも相手してもらえないのです。

そういった方に必要なのは、さらなる文法の勉強でも単語帳を回し続けることでも、品詞分解しながら英文を読むことでもありません。

頭ではなく、体で英語に反応できるようにする訓練なのです。

学習の目的がTOEICの高得点取得でしたら問題集の反復が最適の学習方法ですが、実際に使えるようになるには、実に効果の薄い方法なのです。

大げさだと思うかもしれませんが、中1から引きこもりになったり高校中退して英語学習をまるでしてこなかった人の方が、短期間で喋れるようになってしまうと言うことが現実に多々起きるのです。日本語を介在させた学習方法がどれだけ遠回りなのか、しみじみと実感させられる毎日です。

英語を内在化させる

「まず文法を理解する」「まず単語を暗記する」これは一見もっともに聞こえます。でもそうではないのです。例えば単語も「覚える」こと自体を目的にすると、まず「覚え」そしてその次に「使えるようにする」と、2ステップかかってしまい、結局遠回りなのです。

語学を実際に使えるようにするのに必要なこと、それは言語の内在化です。難しい理屈なんて要りません。要するに「使う」ということを常に念頭に置きながら反応回路を徐々に体内に形成していけばいいのです。

そして取るべき第1歩は「浸る」ことです。英語を聞いてみる、読んでみる。スタートは至極簡単な絵本や、子供向けの映画やテレビ番組でいいんです。そして聞いた言い回しをそっくり真似して使ってみるんです。ここがスタートです。間違っても文法学習なんかではなりません。

最初はただの模倣でいいんです。Hello でもいい。Thank you でもいいんです。カタカナ発音ではなく、なるべくそれらしく真似をする。これだけでいいんです。そして、だんだん2語、3語と、複数の言葉をつなげて滑らかに通じるようにしてきます。I saw a red car. I want some milk. そんなふうに少しずつでいいんです。

すると発音が悪くて通じなかったり、言いたいことが言えなかったりしてもどかしい思いをします。

この「もどかしい思いをすること」が大切なんです。

その気持ちを解消するために、必要な単語や言い回しを調べるんです。あるいはああでもない、こうでもないと発音を工夫してみるんです。あるいは、他の人が使えそうなことを言っていたら、真似してすぐに使ってみるんです。使ってみるたびに、フィードバックがあります。やがて、発音や言い回しがこなれてきます。こうしてごく自然に定着した言葉はすぐに出てきますし、忘れるなんてことありません。

やがて初歩的な会話がそこそこのスピードで回せるようになってきます。ここまできたら初めて文法の勉強をしてみたらいいんです。するとこれまで漫然としていた文の形がリンクし、反応速度を一切犠牲にせずに、まだ一段難しい会話が営めるようになっていきます。

英単語や言い回しははどう増やすか?

でも、実際にそれほどネイティブと話す機会もないし、こんなやり方じゃ何年たっても言い回しが増やせない..と思う人もいるでしょう。そこで役立つのが読書とリスニングです。

幼児レベルの本からスタートして少しずつ難易度をあげながら読書を進めるうちに、新しい単語や言い回しを少しずつモノにしていくことができます。リスニングも同様です。テレビ番組やドラマを聞いてみる。セリフを真似してみる。こうしたことで、少しずつ自分の中に新しい表現方法が定着していきます。

また、学習教材による勉強のダメなところは、前後の文脈や内容と一切関係ない例文を取り扱う点です。言語というのは生き物ですから、その時々の人間関係や場面とは切り離せません。目上の人と仕事の話をするときと、異性と親しく話すときとではおのずから使われる単語や言い回しから声のトーンまですべて異なりますが、学習教材からは往々にしてこれら一切合切がはぎ落とされてしまうのです。だから例文を繰り返し反復しても、現実のシーンで一向に使えるようにならないのです。

発音に関して言えば、今ではSIRIのようなツールがあるのですから、滑らかに言えるようになるまで、工夫を重ねながら何度でも繰り返してみればいいのです。オンライン英会話を利用するのもいいでしょう。TOEICの問題集なんか繰り返すよりも、確実に血肉になります。

あくまで「使える英語」を習得しよう!

英語学習というのは、あくまで「使えるようになる」というのが目的です。TOEICで高得点を取るというのはその副産物にすぎません。この部分を間違えてはいけないのです。TOEIC900点、英検1級などというのはネイティブの小学校5、6年生相当でしかないのです。英語の新聞記事やスラスラ読め、ラジオが苦もなく聞ける頃には、TOEIC対策なんて一切せずにも、必ず高得点が取れるのです。同じ机に向かうのなら問題集を回すより洋書を多読した方がよほど有効な学習方法です。

それに、まずTOEICの勉強をして、それから使えるようにするなんて2度手間です。

せっかくたくさんの時間を英語学習に割くのですから、身になることに有効に時間を使いませんか?

博 松井
hiroshi.matsui@brighture.jp

著書に『僕がアップルで学んだこと』『企業が「帝国化」するアップル、マクドナルド、エクソン~新しい統治者たちの素顔』などがある。2009年まで米国のアップル本社にシニアマネージャとして勤務。大学や企業での講演も多数。