03 2月 英語と日本語では世界の捉え方がどう異なるのか?
英語と日本語は、かなり異なる言語です。このため、英語を日本語訳や日本語の英訳を繰り返してもなかなか身に付かないことは、このブログでも何度も紹介してきました。
もちろん、英語だけを使って英語を勉強する必要はありません。むしろ初心者のうちは、要所要所で日本語を使った方が効率がいいです。例えば文法は日本語で解説本を読んだ方が確実にしっくりきます。最近では優れた文法書も多いですから、文法学習に関しては基本的に日本語で行うことを勧めています。
ただ、それでもBrightureでは日本語を介した英語学習を基本的にはお勧めしていません。なぜかというと、日本語と英語では、世界の理解や表現の仕方があまりにも異なるからです。そのため日本語を必要以上に介在させると、いつまで経っても英語を聴いてイメージが湧かなかったり、逆に頭に浮かんだ情景を英語で表現できるようにならないからです。
それでは一体、日本語と英語は何がどのように違うのでしょうか?
くどい英語、自明なことは言わない日本語
英語を習い始めたころ、「表現がくどいな」って思ったことはありませんか?
例えば、次のような簡単な例文を考えてみます。
I love you.
I think of you every day.
これを日本語に訳すとこうなります。
私はあなたを愛しています。
私は毎日あなたのことを考えています。
この日本語、文法的には正しいのですが、こんなくどい喋り方する日本人はいません。普通は主語も落としますし、場合によっては目的語すらも落とします。そこで上の文章から、主語や目的語を省き、少しカジュアルに言い直してみます。
愛してるよ。
毎日君のことを考えている。
すると、ようやく自然な日本語になります。
もう一つ例を見てみましょう。HYさんの「366日」という歌の出だしです。
それでもいい
それでもいいと
思える恋だった
戻れないと
知ってても
繋がっていたくて
日本語で聴くと思わず情景が浮かぶ情緒溢れる歌詞ですが、主語も目的語もないため、かなり言葉を足してあげないと意味の通じる英文になりません。
Still fine
That’s fine
It was a love
I want to be connected with you
Even if I knew
I can’t go back
こんな感じでしょうか? しかし、これでは今一つその心情風景が浮かんできません。
実はこの歌、沖縄出身の金城マオリさんという方が英訳して歌っているのですが、その歌詞が秀逸で、英語話者が聞いても、素直に情景が浮かんでくる自然な英語になっています。
Though our love was fading
Though I know that I should let you go but I will keep waiting
The sad reality is better left unsaid
As long as you are mine.
ところが、この歌詞を和訳すると、次のような「語り過ぎ」の非常にくどい歌詞になってしまうのです。
私たちの愛は色あせていた
私はあなたを手放すべきだと知っているけれども、私は待ち続けます
悲しい現実は口に出さないほうがいい
あなたが私のものである限り
なぜこうなるのか?
一体なぜこうなってしまうのでしょうか? それは、日本語は自明ことはなるべく省くのに対して、英語はたとえそれがわかり切ったことでも、物事や事象の関係性を正確に言い表す言語だからです。
a/an, the などの冠詞は日本人にはわかりにくい概念ですし、あるいは単数形や複数形の区別なも日本語にない概念のでなかなか定着しません。日本語ではいちいち「3つのりんごたち」「一つのペンがある」なんて見ればわかることを口に出して言いませんが、英語は一目瞭然のことでも、厳密に区別して必ず表現します。三単現などその際たるもので、主語が三人称で単数で現在形のときのみ、わざわざ動詞の後ろにSをつけるなどというややこしいことをします。
名詞に a/an も the も「つかない」のはどんなとき?
英語の時制は12種類もありますが、日本語では「過去の過去」、あるいは「過去の過去が進行している場合」などと時間の関係性を厳密に区別しません。英語というのは実に情報が多く、日本人にとってはくどいと感じる表現が多い言語なのです。
このため日本語の感覚のままで情景を捉えて英語で表現すると、この「くどさ」が失われてしまい、一体何を言いたいのかよくわからない英文になってしまいます。だからこそ、英語感覚ままで情景を捉えられるようにする、また、英語を読んだり聞いたりしたときに、そのまま脳内にイメージが浮かぶように訓練する必要があるのです。
【図解】英語の時制はたったの12種類!?わかりやすく解説します。
和訳英訳が立つシーン
では学習方法としての和訳英訳は全く無意味なのでしょうか? やりようによっては役に立つ場面もあります。例えば、文法理解の正しさを確認するのが目的ならら、時折和訳するのは悪いアイデアではありません。ただ、あくまで理解度を確認するのに止めておき、何度も反復して和訳癖がつかないようにする必要があります。
また、英訳する場合には学校で習うような直訳ではなく、日本語の文章の意味やニュアンスや雰囲気をそのまま正確に英語で伝えることを心がけます。先ほどの「366日」の英訳などはその好例です。杓子定規に直訳して言いたいことが正確に伝わらなかったら、それこそ意味がないのです。例えば川端康成の小説「雪国」の出だしの一文は読んだ瞬間に情景が思い浮かぶ見事な日本語ですが、これをオリジナルの日本語のニュアンスを壊さずに英訳するのは、どうしてなかなか難しいことです。これをどう英語に訳すと情景が思い浮かぶ文章になるのか、ちょっと試してみます。
まず最初は教科書的な直訳です。しかしこれだと誰が雪国に抜けたのかさっぱりわからず、英文としてかなり不自然です。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
Getting through the long border tunnel led to the snow country.
そこで次に目的語に me を入れて、自分自身が雪国に抜けたことを明らかにします。ただ、なんだかトンネルをテクテクと歩いて抜けたみたいで奇妙です。
Getting through the long border tunnel led me to the snow country.
そこで次に最初のGetting を Running に入れ替えて、走り抜けたことを明らかにします。ただ、なんだかトンネルを自転車で抜けたのか、自動車で抜けたのか、自分の足でダッシュして抜けたのか今一つ判然としません。
Running through the long border tunnel led me to the snow country.
そこで次に目的語にthe trainを替えて、汽車が雪国に抜けたことを明らかにします。いくらかマシですが、長く読みづらいです。また、「やっと抜け出した」感が失われてしまっています。
Running through the long border tunnel led the train to the snow country.
そこで Running though を取って、「トンネルは汽車を雪国へと導いた」します。ただそうすると、今度は汽車がシュッシュポッポとトンネルを潜り抜けている動的なイメージが湧きません。
The long border tunnel led the train to the snow country.
そこで主語を汽車とした文章に書き直します。さっきよりも英語らしい簡潔で明瞭な文章になりました。しかし今度は、トンネルを抜けた瞬間に、突如として雪国の景色が広がっていた驚きが表現できていません。
The train came out of the long border tunnel to the snow country.
ちなみにこちらはEdward George Seidensticker氏によるオリジナルの英訳です。to ではなくてinto にすることで別世界に入り込んだニュアンスを表しています。また国境(border)という言葉が省かれているのがなんとも意外です。
The train came out of the long tunnel into the snow country.
原文のイメージを損ねずに訳すのはこのくらい難しいことです。このように精査を重ねて英訳をするなら、非常に意味がある勉強になります。また、英語と日本語のニュアンスの世界の切り取り方の違いも肌感覚としてわかってきます。
ではどのように訓練するか?では具体的には、どのように訓練していけばいいのでしょうか? まず大切なのは、たくさんの実例、つまり実際に使われている生の英語に触れることです。初心者のレベルを抜けたら、簡単な絵本や子供向けの番組でいいので、シーンや情景とセットにして英語に慣れ親しんでいくのがポイントです。すると「こういう場合はこう表現すればいいのか」という実例がどんどん蓄積されていくからです。
また大量に英語に触れていると、一度も調べたことはないけど、なんとなく意味がわかる単語や言い回しも増えてきます。すると時折単語帳などを回したときに、「あ、これはよくみる単語だ!覚えておこう」と記憶にひっかかりやすくなります。
ほとんどの英語学習者は、この「生の英語」のインプットが圧倒的に足りていません。このため、何が自然な言い方なのか、いつになってもわからないままなのです。また一口に「自然な言い方」と言っても、何が自然なのかは話し相手や場面や機会に応じて大きく変わります。日本語だって相手が子供か大人か、仕事相手か遊び仲間で話し方が大きく変わりますが、英語だって同じです。それぞれの相手、場面、機会に応じた適切な表現は、教科書英語だけで身につくことはありません。
使ってみる
英語学習のコツは大量のインプットに少量のアウトプットです。ですので、覚えた言い回しはどんどん使って定着を図りましょう。オンライン英会話でもミートアップでもなんでもできる時代ですから、実際に英語を使う機会を作るのはさほど難しいことではありません。なお、オンライン英会話を選ぶなら、徹底的にダメ出ししてくれる学校を選びましょう。
こうして実際にアウトプットをしてみると、自分がまだ理解し切れていないところや、定着していない言い回しなどが明らかになります。また、しばしば「あ、こう言えばいいのか!」と新たな気づきを得られます。
戦後70年以上世界中で脈々と研究されてきている第二言語習得理論でも、第二言語習得に最も必要なのは大量のインプットと少量のアウトプットなのが定説となっています。たくさんインプットしつつ時折実際に使ってみて、定着と軌道修正を図ることが上達の鍵なのです。
こうして勉強を続けていくと、インプットするときにも「使える言い回しをゲットしよう」という意識が働くようになるので、インプットから得られることがさらに多くなっていきます。
やがて、おかしな英文に接すると「あれ、これなんかおかしいな。普通こんなふうに言わないな」と気がつくようになります。TOEICや英検などの文法引っかけ問題などはたいてい四択問題ですが、あれも「これは明らかに違う」「これは不自然」「これはやや不自然」「これが自然」という感じで、特に練習などしなくても瞬時に解けるようになります。昨年9月までBrightureで働いていたスタッフが1年間多読多聴を継続しただけで英検1級に受かってしまったのですが、英語でイメージが湧く、イメージを英語で表現できるようにするというのは、そのくらい威力があります。
Brightureでできること
Brightureでは、この「英語を英語のままで理解する」「イメージをそのまま英語で表現する」ことに重きをおいています。このため、いわゆる問題集や日本語の教材は基本的に使っていません。自習用の教材として日本語の文法書や英作文の指南書などをお勧めしていますが、それ以外は、すべてネイティブ向けに作られた教材だけを使っています。
一口にネイティブ向けと言っても絵本から学術書までさまざまなものがありますから、それぞれの生徒のレベルや目的にあったものを使っています。ですのでたとえ初心者でも、自分のレベルにあった教材を使って授業が進められます。そうこうしているうちに、教材ではない生の英語に触れることが楽しくなっていきます。
皆さんも是非、ブライチャーで勉強してみませんか?