21 8月 体験型英語学習法【フォーカス・オン・フォーム】を紹介します
普段あまり自覚することはありませんが、僕らはコミュニケーションを持つ際に、常に「内容」と「条件*」の2つの要素を瞬時に判断し、適切な「手段」を選んでコミュニケーションを行っています。その為、言語を学習する際にも、「内容」と「条件」を適切な形で設計することで、より効果的に語学を習得することができるのです。
この「内容」と「条件」を意識した言語学習方法が「フォーカス・オン・フォーム」(Focus on Form、以下FoF)と呼ばれ、海外では急速に普及しつつあるやり方です。しかし残念ながら日本では今のところあまり認知されていません。
この学習方法について詳しくお話しする前に、まずこの「内容」「条件」そして「手段」が具体的に何を指すのか、いくつかの例を取り上げながら説明し、その後にこの学習方法について詳しく説明したいと思います。
* Focus on Form の参考文献などでは Meaning(意味)、Function(機能) Form(形式)と訳されているが、直訳がわかりにくいと感じたので、それぞれ「内容」「条件」「手段」と意訳した。
「内容」「条件」「手段」
例えば、重要なクライアントに提携業務の提案をするとします。場所はクライアントの会議室としましょう。僕らはそんな場合、前もってプレゼン資料を用意しておき、自信に満ちた堂々とした姿勢や明るい表情を保ち、ジェスチャーをふんだんに交えつつ、適切な敬語や専門用語を用い、はっきりとした口調でわかりやすくアイデアを説明する、なとどいった形でコミュニケーションを図ります。
このシチューションでの「内容」は、提携業務の提案です。「条件」は、例えば、対象、目的、状況などといった要素です。この場合ですと、提携先の社員(対象)、会議室での重要な打ち合わせ(状況)、提携業務への同意を取り付けること(目的)などが、「条件」に相当します。そして、「手段」には、プレゼン資料や、堂々とした姿勢、明るい表情、はっきりとした口調、ジェスチャー、専門用語、敬語などが含まれます。
まとめてみましょう。1)内容 〜 相手に伝えたい、あるいは伝えられたいコミュニケーションの内容そのもの。感情、意思、思考、知識などなど。
2)状況 〜 誰に、どんな目的で、どのような状況でコミュニケーションを図るのか。
a)対象 〜 コミュニケーションの対象。上司、部下、同僚、友人、顧客、友人、異性、同性、子供、若者、高齢者など。大勢なのか、一人なのか。
b)状況 〜 緊急時、あるいは平常時。重要か、そうでもないか。公共の場所か、プライベート空間か。明るい場所か、暗い場所か。騒がしい空間か、静かなのか。
c)目的 〜 情報を交換したい、道順を知りたい、楽しい時間を過ごしたい、親密な関係になりたい、などなど。
3)手段 〜 非言語系の手段(ゼスチャー、表情、雰囲気、声色、匂い、音声)と言語を用いた方法とがある。言語を用いる場合にも、書き言葉と話し言葉がある。また、一方向の手段(手紙やテレビ放送など)と、双方向の手段(対話)がある。
さらにいくつか例を見てみましょう。例えば友人と居酒屋で落ち合って、お酒を飲みながらたわいもない話をするとします。
内容: 世間話、近況報告など条件: 対象:同性の友人
目的:楽しく過ごすこと、交友を深めるなど
状況:騒がしい公共の場所。緊急性はゼロ。
食事やアルコールを摂取しながらの会話。
手段: ゼスチャー、表情、笑い声、頷きなど。大声での会話(非言語系)
タメ口、スラングなどの多用(口語)
あるいは現在の顧客と潜在的な顧客を対象に新しいソフトウェアのリリースを、ホームページとメールで通知するとします。また、同時にプロモーションビデオもリリースします。
内容: 知識の伝達条件: 対象:現在の顧客と潜在的な顧客
目的:売上を増加させること
状況:ネット上。緊急性、重要性ともに高い。多人数に一斉にアプローチする必要がある
手段: ホームページ記載とメールの配信(書き言葉)
販促ビデオでの語り(口語)、字幕(書き言葉)音楽、ゼスチャーなど(非言語系)
このようにコミュニケーションの在り方は、内容と手段に大きな影響を受けます。例えば、デートで静かなレストランに行く、販促のためにビデオを公開するなど、目的に応じて状況をそのものを作り出すこともあります。中には話し相手から圧迫感を受けて、内容を変えてしまう、といった人もいるでしょう。このようにコミュニケーションというのは、決して「手段」だけで成立しているものではなく、状況と内容と手段の3つの要素が複雑に作用しながら流動的に成立しているのです。
日本人は英語で「内容」を考えたことなどない
僕らは中高と6年間も英語を勉強するのに、いざ使う段になると頭が真っ白になってしまい、英語が使えません。これも考えてみれば当たり前の話で、僕らは英語を勉強する上で、話す内容など全く考えたことがないのです。
英語で何かを伝達するには、そもそも英語で話す内容を考えておかないと、とっさに言葉が出てくるようになりません。ブライチャーでは英語での読書、作文を大量に課していますが、目的は、「内容を英語で考える力」を養うところにあります。
その他ブライチャーでは、Expression Enhancementという、表現力を養うクラスを設けていますが、卒業時にインタビューすると「そもそも表現したい内容がなくて困った」という声を何度も耳にします。プレゼンテーションも同様で、「プレゼンそのものよりも、発表内容を考えることの方がよほどしんどかったです」とよく言われます。
残念ながら日本では、英語ではもちろんのこと、日本語ですら「自分で考えて人に伝える訓練」というのをほとんどしてきません。それを英語で瞬時にしようというわけですから、話せなくて当然なのかもしれません。
「条件」もまた大事
僕らが英語を使えないもう一つの理由、それは現実的な条件設定の中で練習をしたことがないからです。たとえばビジネス英語と一口に言っても、顧客に話すとの同僚と打ち合わせするのでは言葉遣いが変わってきますが、日本で普通に英語学習しても、場面にふさわしい表現方法を学ぶ機会はほとんどありません。僕もアメリカ企業で働き始めた頃には、適切な話し方がわからず、かなり四苦八苦しました。
巷には「英会話フレーズ集」なども売っており、これらで多少の表現方法を知ることができますが、実際のところどのような表情で、どのような雰囲気で会話が交わされるのか、その空気感まで知ることができません。しかし実際のところ表情やゼスチャー、声のトーンといった非言語系の手段も大切なコミュニケーションの手段であり、その部分をすっ飛ばして練習しても、実際に使える英語はなかなか身につきません。
実際の学習過程への応用
さてこれまでのところでご理解いただけたかと思いますが、単に文法や単語を暗記し、日本語から英語、英語から日本語への翻訳作業を繰り返したり、問題集をグルグル廻しても実際に「使える英語」はなかなか身につきません。また、文法を完璧に覚え、単語を1万語覚えてから会話の練習をしようなどと考えていると、何年経っても一番肝心の「使う練習」に到達できません。
では、どうすればいいのか?
そこで脚光を浴びているのが、冒頭で紹介したFoFです。FoFの狙いは、適切な内容や条件を設定することで、まず学習者に気づきを与えます。例を挙げましょう。
例えば、学習者が“must be”(そうに違いない), “could be”(そうかもしれない) などといった、助動詞を使った可能性の表し方を知らないとします。
そんな場合には、例えば「Joshua 君はタバコとマッチを持っているが、タバコは減っていない。でもマッチの本数は減っている」などといった状況を与えた上で、 Joshua 君が喫煙者である可能性について話し合ってもらいます。しかし上記のような表現方法は知らないので、”Joshua is a smorker. Maybe 50%.” “May be he is a smoker, 30%.” などといったような感じで話し合いが進むことになります。そして話し合いが一段落したところで、初めて上の表現方法を教え、再び同じディスカッションに取り組んでもらいます。すると今度はいままでのような表現に加え、新しい表現も取り混ぜての会話が弾んでいきます。
この学習方法は、実際に外国語習得のプロセスに酷似しています。私自身アメリカに住み始めた頃は、うまく通じない、どうしても伝わらないという体験を山ほどしました。そしてその度に様々な気づきを得たのです。そのような状況にあるからこそ、なんとかして分かりたいという気持ちが芽生え、これが学習意欲を後押ししてくれましたし、必要性を感じているからこそ、一度腑に落ちると記憶に定着し、忘れることがありませんでした。
個人が同じ学習方法で学ぶには?
「FoFの良さはわかった。でも俺には関係ないや。」そう感じる方も多いでしょう。確かに個人がFoFをそのまま取り入れるのは難しいかもしれませんが、FoF的なアプローチで学習を進めることは十二分に可能だろうと私は考えています。
例えばオンライン英会話などを利用する際には漫然と話すのではなく、テーマを定めて話してみます。そして単語や表現法ほうがわからずにどうしても通じなかったところなどを書き留めておきます。終了後わからない単語を調べ、次の回の時に、同じテーマでの会話練習にもう一度挑んでみる、といった形が考えられます。
ブライチャーでの取り組み
ブライチャーでもこのFoFのアプローチを随所に取り入れています。スピーキングのクラスなどでも、まず一度一つのテーマで話してもらい、そのあとにに修正を入れたり、文法を解説したのち、もう一度同じテーマで話してもらっています。
宿題の読書や作文なども同様です。必死になって読み書きしてくることで、どうしても上手く表現できないことや、文法が曖昧な部分に直面します。ここで初めてわからない部分が明確になり、「知りたい!」という欲求が生まれるのです。そして次の日に先生に赤入れされ、曖昧だった部分を説明されることで、あらかじめ文法を説明をされた場合とは全く異なる、深い理解が得られるのです。そして、その学びを次回に生かして、より正確な文章がかけるようになっていきます。
またビジネスクラスなどでは現実に直面するであろう交渉場面や部下を叱るシーンなどを、まずは一切の練習なしで演じてもらいます。すると、言い回しがわからない。どんなふうに表情を使えばいいのかわからないなど、多くの課題が見えてきます。ここで初めて、言い回しから視線や表情の使い方に至るまで、きめ細かく具体的に指導します。そしてもう一度別のシナリオを演じてもらうのですが、自分なりの課題が見えている分、みんななりきって演じられますし、学びが定着しやすくなります。
FoFはまだまだ知られていない学習方法ですが、極めて理に叶った、合理的な学習方法です。
皆さんもぜひブライチャーで、FoF の威力を実感してみませんか?
参考文献
和泉伸一(編).(2009).『「フォーカス・オン・フォーム」を取り入れた新しい英語教育』.大修館書店.
Long, M. H. (1991). Focus on form: A design feature in language teaching methodology. In de Bot, K., Ginsberg, R. B., & Kramsch, C. (eds.), Foreign language research in cross-cultural perspective (pp. 39-52). Amsterdam: John Benjamins.
Doughty,C&Williams,J.(eds). (1998). Focus on Form in classroom language acquisition. Cambridge: Cambridge University Press.
Fotos,S.&Nassaji,H. Teaching Grammar in Second Language Classrooms: Integrating Form-Focused Instruction in Communicative Context. ESL&Applied Linguistics Professional Series. Routledge.