トランプ vs ヒラリーのテレビ討論会から学ぶ、英語の議論5つのポイント

アメリカでは大統領選の第1回テレビ討論会が、9月26日の夜に行われました。

これまでの大統領選のテレビ討論会というのは、模範的なディベートとされてきました。高校のディベートの授業などでもしばしば見本として使われることがあります。

しかし、今回は何しろヒラリー対トランプです。2人ががいったいどのような論戦を交わすのか、討論前から大きな関心を集めていました。アメリカ国民は何が起きるかわからない不安感と期待感で胸をいっぱいにして、こぞってテレビをに見入ったのです。

大統領選の中継としては過去史上最高の、8000万人以上の人々が中継を観たと言われています。ネットなどで中継を見た人を入れれば、おそらく1億人くらいの人が観たのではないかと思います。私も気になって、チラ見しながら仕事をしていました。

そして蓋を開けてみれば..

いざ始まって見ると、確かにお世辞にも品がいい討論会ではありませんでした。見るに耐えないような部分も多かったのですが、アメリカ人とタフな交渉をしなければならない時などに応用できる、数々の教訓に満ちていました。この記事では僕が個人的に感じ入ることのあった次の5つのポイントについてお話ししたいと思います。

ポイント1 〜 服装、表情、声のトーンと言った「非言語要素」を生かす
ポイント2 〜 相手の呼び方を考えておく
ポイント3〜相手の発言に被せる
ポイント4〜痛いところを徹底的に突く
ポイント5〜論点をずらす/ずらさせない

それでは一つずつ解説しましょう。

討論会のハイライト。白熱した議論(?)が続きました。

ポイント1 〜 服装、表情、声のトーンと言った「非言語要素」を生かす

ヒラリー氏は積極的なエネルギーを感じさせる、赤いスーツに身を包んで登場しました。一方トランプ氏は誠実さを感じさせる青いネクタイで登場です。

ヒラリー氏もトランプ氏も70歳なのに、驚くほど姿勢が良く、声に張り、勢いがあります。トランプ氏のトレードマークの恫喝スタイルは序盤ヒラリー氏を圧倒しました。しかし、ヒラリー氏も余裕の笑みを見せながら、表情や姿勢、声のトーンなどといった言語以外の要素を極めて有効に活用していました。

自分をどう見せるのかは、議論の場で重要な要素です。何を着ていくのか。どこに目線を置くか、どういう姿勢で、どのような声のトーンでしゃべるのか。これらすべての非言語のコミュニケーションが、すべて大切な要素なのです。ビジネス英語、英語で議論などというとついついイディオムや単語の暗記などに気を取られがちですが、まず場にふさわしい服装や振る舞いを心がけ、堂々と振る舞い、よく通る声を発することが最初の1歩です。声音から表情にまで、しっかりと気を配りましょう。

ポイント2 〜 相手の呼び方を考えておく

トランプ氏はヒラリー氏のことをSecretary Clinton (クリントン国務長官)、と正式名称で呼んだのに対し、ヒラリー氏の方はトランプ氏のことを Donald(ドナルド)と、ファーストネームでずっと呼び捨てにしました。アメリカでは自分より立場が上の人でもファーストネームで呼ぶことがしばしばありますから、あながちこれが失礼という訳ではありません。ただ、トランプ氏は尊大な男で、彼をドナルドと呼ぶのは、彼の妻を除けばほとんどいないということなので、これにはかなりイラついたでしょう。後半トランプ氏はかなり冷静さを欠いていましたが、こうした心理戦が功を奏したのだろうと思います。

日本語でも「様付け」にするか「さん付け」にするかではずいぶん印象が変わります。英語でも ”Mr. Jobs” のように敬称+苗字をつけるのか、あるいは “Dr. Jobs” のように称号+苗字で呼ぶか、あるいは “Steve” とファーストネームだけで呼ぶのかではずいぶん印象が変わります。交渉を有利に進める上で、相手をどう呼ぶのかが最も適切か、考えてみても良いかも知れません。なお、相手をファーストネームで呼ぶ場合には、必ず相手にお伺いを立ててからにしましょう。断りもなしに初対面の方をいきなりファーストネームで呼ぶのは非常に失礼です。ですから、

“How should I call you?”

“Oh, You can just call me Steve.”

“OK. Nice to meet you Steve.”


こんな感じでスタートするのがポイントです。ヒラリー氏も冒頭でトランプ氏に断ってからドナルドと呼び始めています。最低限のマナーを欠かさないようにしましょう。

ポイント3 〜 相手の発言に被せる

さて、呼び方がクリアになったところで、いよいよ開始のゴングです。そしてなぜかここからは突然、一切の遠慮呵責がなくなるのです。

僕らは子どもの頃「相手が話し終わってから自分が話しなさい」って教育されますが、世の中にはそんなルール、一切守らない人がたくさんいます。こちらが喋っている最中でも全くお構いなしに、平気で被せてしゃべり始めるのです。

トランプ氏はかなり極端なケースですが、日本以外のところで仕事をすると、相当な高確率でこうした人々に遭遇します。昨日、そんな趣旨のツィートをいくつかしたところ、「大阪のおばちゃんは普通に被せてしゃべる」という趣旨のツィートをいくつも頂いて、吹き出してしまいました。


大阪のおばちゃんが本当に被せて喋るかどうかはさておき、こういう気質は見習い、取り入れるべきではないかと思います。でないと、いつになっても会議で発言できるようにならないからです。また、誰かが自分に被せて話し出した時には ”Let me finish!”と強く言って相手の発言を打ち切りましょう。また、相手が喋っていてもお構いなしにしゃべり続けるという方法もあります。クリントン氏はトランプ氏に何度も中断されましたが、ガン無視して平然としゃべり続けています。

ポイント4 〜 痛いところを徹底的に突く

相手を攻める時にはついつい色々なことを言いたくなるものですが、最も効果的な攻め方は、相手の痛いポイントだけをしつこく何度も突き続けることです。

例えばトランプ氏は「オバマがアメリカ生まれではない」とする国籍陰謀論をごく最近までずっと焚きつけてきたのですが、ヒラリー氏はまずここを徹底的に攻めてきました。トランプ氏は終始さえない表情です。



ヒラリー氏は手を緩めません。終盤には、トランプ氏が過去に氏が元ミス・ユニバースを ”Miss Piggy”(ミス豚)、”Miss. Housekeeping”(ミス家政婦)と呼んで小馬鹿にした件を持ち出して、ギタギタにしていました。トランプ氏もこれには不意をつかれたようで、防戦一方で言われっぱなしでした。

トランプ氏は現在彼は黒人や女性票を獲得するのに苦戦しているので、かなりの痛手だったのではないでしょうか? この件は各種メディアでも大きく取り上げられ、クリントン陣営から流されたフェイスブックの動画は1500万回以上も再生されています。まったくヒラリー氏も容赦がありません。

ポイント5〜論点をずらす/ずらさせない

ではトランプ氏が言われっぱなしかというとそんなことはありません。例えば、納税申告書を公開しない件でヒラリー氏から厳しく攻められていた際には、「ヒラリー氏が削除したメールをすべて公開したら私も納税申告書を公開する」と切り返し、突如論点をヒラリー氏のメール問題にしてしまったのです。そこからしばらくの間、ヒラリー氏は防戦一方に追い込まれてました。

論点を変えてしまう、というのは一つの議論の際に有効なテクニックです。特にそのすり替えた論点が相手のの弱点だと、相手はなかなか話を戻せなくなります。こちらは大統領選のビデオではありませんが、論点を変えようとするトランプ氏を負けずに論点を押しもどすCNNの記者の映像を上げておきましょう。論点を変えようとする相手には、「今そんな話はしていない」と何度でも元の話に戻しましょう。

ブライチャーでの取り組み

いかがでしたでしょうか? 

ブライチャーでは私の米国アップル本社時代の経験も踏まえ、会議やネイティブ同士のハイペースのディスカッションに割って入る訓練をするクラスが用意されており、欧米の大学院進学や外資系への転職、あるいは海外に駐在予定の方などに好評をいただいています。このクラスはもうすでに一定のレベルに達した方にしか提供していませんでご了承ください。

なお、この討論会、当日観損ねた方は、ユーチューブに90分の前編が掲載されていますから、ぜひ視聴してみてください。



また討論会のスクリプトはこちらのサイトで見ることができます。リスニングの勉強にどうぞ。


Read the Full Transcript of the First Presidential Debate Between Hillary Clinton and Donald Trump
博 松井
hiroshi.matsui@brighture.jp

著書に『僕がアップルで学んだこと』『企業が「帝国化」するアップル、マクドナルド、エクソン~新しい統治者たちの素顔』などがある。2009年まで米国のアップル本社にシニアマネージャとして勤務。大学や企業での講演も多数。